日本文化考察
2017.11.23
源氏物語五巻には、可憐で美しい十歳そこそこの藤壺の姪の若紫が登場します。
六巻には、対照的に不細工で古めかしい姫君の末摘花が滑稽に描かれているのですが、源氏は「こんな不細工な姫君と、なぜ関わりを持ってしまったのか」と後悔しつつも、「私が生涯面倒を見ないとこの姫君はどうなることやら」と後見をしょうと決心するのでした。
源氏が十八歳の時、まだ十歳の若紫を北山で見かけます。
源氏は、犬君(イヌキ)という童女が若紫が大切にしていた雀の子を逃がしてしまったと泣いている若紫を見て、とても心を惹かれます。
それもそのはず、若紫は義理の母で源氏の想いの人、藤壺の姪なのでした。
源氏は幼い若紫のことを「三千年に一度咲く優雲華(ウドンゲ)の花にめぐり逢った気がして深山桜には目も移りません」と、いかに若紫が可憐で美しかを語っています。
源氏はまるで拉致同然のような形で若紫を二条院に連れ帰り、自分色に育て上げるのでした。
幼いうちからその男性の好みの女性に作り上げられていくことは、女性としては幸か不幸か分かりませんが、若紫は華やかな女性へと成熟していきます。
その華やかでありながら可憐な姿を、「樺桜のような」とも形容しています。
若紫はその後、紫の上と呼ばれ、ものごしが柔らかでありながらも社交的であり、源氏と明石の間に産まれた子を引き取り、いつくしんで育てることになります。
源氏との間に子宝に恵まれなかったこともあるでしょうが、この優しさが長い年月をかけて源氏の手によって形成されていったものだとしたら、自分というものを持たない女性のようで悲しいものがあります。
紫の上は源氏に最も愛されたとはいえ、身分上では「正妻」ではなく「正妻格」として一生を終えます。
荒れ果てた屋敷に、ひっそりと暮らす琴の名手がいると聞きつけた源氏は、末摘花に何度か恋文を渡しますが返事がありません。
やっとの思いで契りを交わしますが、ほの明かりのもとで目にした姫君の姿は、猫背で、その風貌たるや馬のように長い顔に、赤くて長い鼻でした。
源氏はがっかりするのですが、どういうわけか晩年まで末摘花の面倒を見るのでした。
末摘花には計り知れない魅力があったのでしょうか。源氏はなかなかの律義者であったのでしょうか。それとも彼女が常陸宮の姫君であったからでしょうか。
末摘花とは、紅花のことを言います。
寒さで赤くなった姫君の鼻先と、紅花の赤をかけたのでしょう。
源氏は内心、夕顔のような美しい女性と思い、薄暗い中で契ったのでしょうが、そうではなかったことが滑稽に描かれています。
後に源氏が姫君たちにお歳暮の着物を贈る場面が描かれているのですが、源氏は末摘花にはとびっきり上品な柳色の地色に唐草模様の着物を選びます。
実は末摘花がやたら長い顔で鼻の頭が真っ赤で不細工なことも、センスが悪くて十二単の上に男の人が狩のために着る毛皮のチョッキを羽織っていることも、源氏の取り巻きの女御たちは誰も知りません。
末摘花を知っているのは源氏だけなのです。
興味津々で源氏の着物選びを見ていた女御たちは「さすが皇室の出の姫君、どんなにか品がよくてお美しい人なんでしょう」とヒソヒソ話をするのでした。
末摘花の巻は源氏物語の中では唯一の滑稽譚です。
美しすぎる紫の上は晩年病気がちになり、出家を強く望むのですが源氏は許してくれませんでした。
一方、不細工すぎる末摘花は、晩年光源氏に二条東院に引き取られて庇護され、穏やかに過ごしました。
紫式部はこのユニークな末摘花を滑稽に描きながら、美女ゆえの悲しさ、醜女ゆえのおもしろさや、美女だから幸せ、不細工だから不幸せとは言い切れないことが書きたかったのかもしれません。
・源氏が若紫を見染めたお寺は大雲寺?
定かではないものの京都の左京区岩倉上蔵町の「大雲寺」が、源氏が若紫を見そめたお寺とされています。近くには冷泉天皇皇后陵があります。
・醍醐寺と末摘花について
京都の伏見区にある醍醐寺は世界文化遺産でもあり、五重塔は現存する京都の最古のものです。
物語の設定の中では、末摘花の兄が出家して醍醐寺の阿闍梨ななったという物語の設定となっていますが、桜の名所として有名です。
源氏物語は、あくまでも物語でフィクションです。
実在の地名がどんどん出てくるため、歴史上の実話のようにも思われますが、そうではありません。
しかし、それぞれのモデルはあるようで、光源氏は嵯峨天皇の息子源融(みなもとのとおる)と言われています。
紫式部は紫の上のことを「またなくきよげにてめづらしきひと」この上なく美しく素敵な人と表現し、末摘花のことを「ひなびてふるめかしくのどけきひと」田舎びて古風でありのんびりしている人と表現しています。
美人にも不美人にも温かいまなざしを注いでいることがうかがえます。
掲載情報は2017年11月23日の公開時の情報となります。
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